ファンパーク

「あまりにも自然な流れ」で歩み始めたサッカー人生は、
異国の地、日本で大輪の花を咲かせることになった。
7つのJリーグクラブで積み上げたゴール数は外国籍選手の歴代最多記録。
38歳となった今もなお、まばゆい輝きを放ち続ける
その原動力は、決して尽きることのない情熱にある。

「神様のお告げ」もあり、母国ブラジルでプロの道へ

 サッカー王国・ブラジルに生まれ育ったことを考えれば、サッカーとの出会いについて「あまりにも自然な流れで、僕自身も覚えていない」と振り返るのも当然だろう。ごくごく当たり前のようにボールを蹴るようになったマルキーニョスは10歳で、のちに自身初のプロ契約を締結する、オペラリオ・フェロヴィアリオFCのサッカースクールに加入する。当時はサイドハーフやウイングなど、主に中盤でプレーしていたが、今と変わらず《点取り屋》だった。

「子供の頃から唯一好きなスポーツがサッカーでした。もともと点を取るのは好きでしたが、チームに所属してからは、いろんなポジションを経験しました。ただ、中盤でプレーしている時も常にゴール前に顔を出し、ミドルシュートも含めてチームで一番ゴールを決めていたことから、最終的にはFWに落ち着いた。また僕自身も、FWが一番しっくりいっているように感じていました」

 毎年のように目に見えて結果を残し、着実に《プロ》への階段を登っていった彼は、14歳で同チームの下部組織に所属する。だが一方で、トラックの運転手をしていた父の仕事も手伝うことになり、週末以外は父親のトラックに同乗して地方に出掛けることも。ただし、サッカーボールはいつも一緒だった。

「僕は3人兄弟の長男だったので、お父さんの仕事を手伝うのは当然だと思っていました。時にお父さんのトラックで遠方に出掛ける時は2、3日、帰ってこられないこともありましたが、そんな時は行く先々でボールを蹴ったり、走ったり、ドリブルの練習をしたり、とにかく、どこにいても練習だけは欠かさなかった。日帰りで戻ってきた日も、夜遅い時間からボールを蹴ることもありましたしね。ただ、僕の中で常に『サッカー』は一番だったし、プロになりたいという思いも強かったので、そうした努力は全く苦にならなかった」

 その努力はプレーにも表れ、下部組織でも常にレギュラーとして活躍。毎年のように得点王に輝いていたことも評価され、下部組織での最後の年にチームから3選手にだけトップチームへの昇格が告げられる。その中に当然、マルキーニョスの名前もあった。

 余談だが、実はこの昇格の直前にちょっとした事件があった。と言うのも、14歳の頃から常に父親のトラックに乗り、仕事を手伝ってきた中で、彼自身もまた18歳で車の免許を取得。その時はまだトップチームへの昇格が確定していなかったこともあり、また常に父親の仕事ぶりを間近で見てきたことや長男としての責任感から、彼はサッカーを続けながら、トラックの運転手としての仕事を始めるようになる。だが、その試用期間中のこと、会社のトラックを借りて仕事に出掛けた際に、なんとタイヤが2つ同時にパンクするというアクシデント。その責任を取らされる形で会社をクビになったが、その事実を「『サッカーだけに専念しなさい』という神様のお告げかもしれない」と捉えた彼は、『サッカー』で生きていく覚悟を持つ。トップチームへの昇格を告げられたのは、その後のことだった。

「その後の自分のサッカー人生を考えても、あれは神様のお告げだったんだと思います。そう言えば、プロになった後、たまたまそのトラック会社を訪れる機会があって。当時の上司がまだ働いていたので、冗談ながら『あの時、クビにしてくれてありがとう』と伝えたら、『いつもテレビで君の活躍を見ていたよ。いつかセレソン(ブラジル代表の愛称)としてプレーすることを祈っています』と言ってもらい、すごくうれしかった」

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つづきは、オフィシャル月刊誌「ヴィッセルスマイル」Vol.12[JUN.2014]でお読みください。

ヴィッセルスマイル Vol.12[JUN.2014]
  • 「今月の男:マルキーニョス」(マルキーニョス選手特集)
  • 田代編集長のレンタルルーム IN THE ROOM~マスの部屋
     (増川隆洋選手が大屋翼選手をゲストに迎えた対談)
  • 相馬崇人の欧州蹴球探訪
  • HASSY's EYE(橋本英郎選手がプレーや戦術を解説)
  • チョンウヨン直伝!韓流スタイル
  • あの人は今(第2回:遠藤彰弘氏) ほか

価格:500円(税込)

「ヴィッセルスマイル」の詳細

マルキーニョス

Profile
マルキーニョス
7つのJリーグクラブで積み上げたゴール数は外国籍選手の歴代最多記録。2008年には得点王となりMVPにも輝いたJ史上最強クラスの外国人ストライカーが神戸にやってきた。2003年の横浜FM、07~09年の鹿島の3連覇を導いた優勝請負人。日本で14年目を迎えた今季は神戸に勝利の美酒をもたらす。
1976年3月23日生まれ、ブラジル マットグロッソ・ド・スル州出身、174cm/77kg