ファンパーク

序盤戦はイメージとプレーが噛み合わず、シーズン半ばには慕っていた前監督が契約解除……。
田中順也にとって今シーズン前半は不本意だった。
それでも、試行錯誤しながら徐々に本来のプレーが甦ってきた中で、大きな欲が生まれた。
「究極までミスを減らし、細部にこだわってプレーの質を高める。それをチームの『タイトル』につなげる」。
らしさを取り戻した背番号21は今、誰よりも意欲に満ち溢れている。

抱えていた迷いが払拭され自信を持って戦えるようになってきた

―今シーズン最後の『Vスマ』なので、総括的な話も含めてお伺いします。ここまでシーズンを戦ってきて、イメージどおりにいったこと、そうではなかったことを教えてください。 「正直、イメージどおりに進んだのは開幕の4連勝までだったように思います。開幕前には、柏レイソル時代に初めてJ1リーグ優勝を飾った2011年の経験をもとに、『序盤はとにかく結果。チームが自信を持ってシーズンを戦っていけるように、開幕3連勝で勢いに乗りたい』と思っていて、それを上回る4連勝という結果を残せました。あの時チームに漂っていた雰囲気は明らかに11年に僕が経験したものと似ていたし、「これはいけるんじゃないか」とも思いました。ただ、一方で開幕戦で主軸の一人、レアンドロがケガで離脱してしまって……。以降もシーズンが進むにつれてケガ人がどんどん増えて、毎試合のようにメンバーが変わったり、それに伴って戦術を変更せざるを得なくなり、一定のクオリティーを保てなくなってしまった。もちろん、そうやってシーズン中にアクシデントが起きることは想定内でしたが、チームってある程度、基盤となるメンバーがいて、そこに他のメンバーが刺激を加えながら循環して発展していくものですからね。その基盤が大崩れしてしまうくらいケガ人が出てしまったのは、順位や勝敗を左右する大きな要因になったと感じています」

―そういう意味では4連勝している最中も、チーム力に対する確固たる自信は備えられなかった、と。 「そうですね。そもそも、開幕を迎える上でのチーム完成度にも自信があったわけではなく、『何かが足りない』という感じはすごくありました。ただ、そこは他のチームも同じですからね。開幕から完璧な状態になっているチームはなく、その物足りなさを埋めながら確固たるチーム力に近づけていくものですが、うちはケガ人が出てしまったことで、その『確固たるもの』に近づく道筋が見えにくくなってしまった。特に、先ほども名前を挙げたレアンドロの離脱はとてつもなく大きかったと思います。正直、開幕前から彼を軸に据えてチームを作ってきたし、彼は昨年の得点王ですから。彼に代わる選手はJリーグ全体を見渡してもそうそういない。そういうレベルの選手を失ったことで、やろうとしてきたことが大きく崩れてしまった。しかも、序盤戦は他チームも未完成な分、何とか誤魔化せたのですが、シーズンが進むにつれてそうもいかなくなったというか。実際、前半戦で喫した2度の3連敗のうち、ガンバ大阪、横浜F・マリノス、川崎フロンターレ戦での3連敗は、明らかに試合巧者に立って試合を進めていた相手に力負けをしました。シーズンも半ばに差し掛かろうとしていたあの時期に、本来なら浸透しているはずの戦術が、そこまで浸透していなかったことがチームのグラつきを示していたように思います」

―その中でご自身の前半戦はどう振り返りますか?カップ戦でのゴールは生まれましたが、リーグ戦ではノーゴールに終わりました。 「この終盤戦でのパフォーマンスと比べても明らかなように、前半戦は正直、調子が悪いというか、ピアノで言えば調律がどこかズレているような感覚でプレーをしていました。これも、もともと僕が『使われる側』の選手で、レアンドロをはじめケガ人が出たことが影響した部分もあったと思いますけど、それを差し引いても僕自身のプレーの質も低く……。試合を見返しても、ズレているなと感じるシーンが多くて、なかなか修正できなかった。それはスポルティングCP(ポルトガル)での最後のシーズン以降、公式戦から遠ざかることが多かったことも影響したように思います。基本的に僕のプレーは『感覚』で成り立っていて、本来はそれを公式戦で研ぎ澄ませていくのですが、その肝心の公式戦をコンスタントに戦っていないことで、少しずつ感覚のズレが生じていた。もちろん、それを自覚すればこそ、何とか自分を取り戻そうと試行錯誤していましたが、結果的に調律を合わせ切れずに前半戦が終わった感は否めませんでした」

―後半戦もチームはエンジンがかからず、結果的に柏レイソル、鹿島アントラーズ、FC東京に敗れた後、ネルシーニョ前監督がチームを去りました。氏を慕ってヴィッセルへの加入を決めた田中選手は、その事実をどう受け止めたのでしょうか? 「確かに、海外で思い切りコンディションを崩し、サッカーも楽しくなくなって……。それは柏に戻った昨シーズンも同じだった中で、『もう一度、ネルシーニョ監督のもとでサッカーをして自分を取り戻したい』というのが移籍を決めた理由の一つでしたからね。毎日のように『そんなところでミスをするな』、『そこはターンだろ』と怒られながらプレーしたことでコンディションも、サッカーへの欲も取り戻したと考えれば、ネルシーニョ前監督には本当に感謝しています。ただ、あの時期、チームとしてはネルシーニョ前監督がどれだけエネルギーをぶつけても、チームの熱が上がっていかなかったというか。『もっと試合を読め』といった指示が増えて、具体的に何をどう変化させればいいのか、チームに迷いが生じていたのも事実だと思います。もちろん、そこを選手自身で変化させていくことができれば良かったのですが、正直、個々で変化を与えられるほど選手も成熟していなかったですしね。その証拠に、タカさん(吉田孝行監督)が監督に就任して、細かな指示、見直しを図ってくれたことで選手が抱えていた迷いが一つずつ払拭され、ようやく全員がプレーの選択に自信を持って戦えるようになってきた今があるんだと思います」

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つづきは、オフィシャル月刊誌「ヴィッセルスマイル」Vol.45[DEC.2017]でお読みください。

ヴィッセルスマイル Vol.45[DEC.2017]
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価格:500円(税込)

「ヴィッセルスマイル」の詳細

田中順也

Profile
田中順也(たなか・じゅんや)
強烈な左足シュートや卓越した攻撃センスが魅力のアタッカー。柏時代には複数のタイトル獲得に貢献して日本代表入り。海外移籍を経験した後、今シーズンより神戸に加入。夏場以降、本来の姿を取り戻し、前線で躍動している。
1987年7月15日生まれ、東京都板橋区出身、181cm/75kg